RE:Walkもう一度歩くためのCRPS闘病日記

過去にCRPSを完治させて味わった当たり前の有り難さ。2018年11月〜2度目のCRPS発症 また自分の足で歩みたい。

http://crps-rewalkproject.com/

病名はあまり関係ない。

主治医との面談で、左腓骨神経麻痺とは

診断できない。って言われた。

波形がちゃんと出ているから、と。

私は混乱した。PTが言うことと、ドクターの説明が違うじゃないか。

 

そして、画像で異常がないのと、

私の今ある症状からし

解離性障害転換性障害が混在している状態

判断すると。

 

 

病名はあまり関係ないらしいが。

 

体幹の機能が低下しているのも、左上肢に強い脱力があるのも、左足が動かないのも

腕の発作も

記憶が一時的に無くなってたのも、

 

気持ちやストレスが発散できないことにより、身体症状として出てしまう病気らしい。

 

動けないストレス、痛みのストレスは

よっぽど私を苦しめているらしい。

 

ただ医療のチームは、皆

私が動きたいことや、わざとでもないこと、無意識のうちに起こっていることなど理解がある。

 

大事なのはリハビリ。

それによりストレスがへる。

 

との見解。

 

だから続けることや、やることには何も変わらないのだ。

 

 

たくさん泣いた。これ以上涙は出ないというくらいグッシャグシャになった。

 

手帳申請に嘘は書けないからそのままを書きますと先生は言うけれど、ホントにそのまま今ある障害や症状を書いてくれたらそれでいいのだ。それ以下でもそれ以上でもない と思う。


今後は、最低限の目標をリハビリで達成して

自宅に戻れるように準備を進める。

退院後の継続したリハビリは現時点ではいまの病院でやれるかは不明。

しかし、CRPSはリハビリが重要。

継続できるように

原監督の力や、相談員の方を頼る。

 

 

 

翌日の原監督。

 

「任せて、パイプはあるから。

私が担当でよかったねSさん」と。

 

 

気持ちが落ち込んでる中よくリハビリをやった。あなたの気持ちがすごい。

 


私たちは何も変わらず目標を達成できるようにやっていくよ。リハビリで治していこう。と

 

 

病気は変わっても、否定されても、


やるべきことは変わらない。

 


できることをやるよ。

 

 

負けないよ。

 


神さまは私をより

強くするんだ。

 

 

 

もう1人じゃないよ、

 


一人で考えなくていいよ

 


よくしていきたい気持ちだけ持ち続ければ

あなたはそれでいいんだよ

 

 

 

そう言われているような気持ちになれた。

ありがとう、原監督。

 

 

15時30分

MSWの方 訪問

昨日は遅くまで面談の場にいてくれて

ありがとうと伝えた。

すると、

 

「あんな状況でも、


やることを整理して受け止め、

しっかり話していたあなたはすごく強かった」

と言ってくれた。


チームで

一歩ずつ


一つずつ 

でも確実に

 


やっていこう。って。

 


みんな同じ気持ちだし、難しい病気なこともわかっている。

 


地域の相談員さんにも現状を伝えて、

サポートを依頼。相談するとの事。

 


会社の方が作ってくれた用紙をMSWの方にコピーして渡した。

 


16時

耳鼻科の先生が来てくれた。耳下腺炎は1週間で治ったことを伝えた。

また症状があれば、紹介して受診してください。痛み止めのセレコックスで治るはずですとのこと。

 

 

17時過ぎ

原監督がお手製のエスカルゴ(車イスに合わせたクッション)を作って持ってきてくれた。二つ目のエスカルゴ。両足ともに、少しでも安定した姿勢になる時間を短縮できればらと。トランスに20分もかかるもの。(笑)

 

 

17時30分ころ

今日の担当看護師さんが

話を聞きにきてくれた。

「もういいよ、私は大丈夫だから〇〇さんに伝えて」ってほかの看護師さんに伝えてもらおうとしてた時だったから

本人が来てくれて申し訳なくも思った。

 


けど、話を聴いてくれた。

 

 

限界を超えると、もう何も怖くなるなる自分がいるような

強くなったような

一人で悩んでることじゃない

一人で考える領域ではない

ことが冷静にわかる。

 

 

 

夜眠れそうか?と夜勤の新人に聞かれて、

泣いちゃうかもと言うと

なにかつらいことありましたか?と

 


辛いに決まってんじゃん

 


と半ギレ。

 

 

 

泣いて泣いて泣いた日だった。

 

 

 

備考

主治医との話

 

右下肢のCRPSにならなければこんなことにはならなかったはずと言ったら、因果関係は証明できないからここからは労災ではないと言われた。明らかにCRPSのせいなのに。医学的に証明できないんだって。

医師とのすれ違いや病状を理解させてくれないことや、混乱は大きなストレスだったと言ってやった。

それが記憶を失った大きな要因ではなかっただろうか。

 

言いたいことを言い合える関係になってきたって事はいいことだよねと看護師さんは言う。

 

お互いの話が一致するまで歩み寄りながら、、、

 

時間がかかるものなのかもしれません。